【相続法改正】婚姻20年以上の夫婦、自宅の生前贈与は遺産分割で考慮すべき?(特別受益の持ち戻し免除の推定)
相続手続
「夫から生前、自分が亡くなった後も生活に困らないように・・・と現在も住んでいる自宅の贈与を受けました。
遺産分割では、生前にもらった財産も遺産に組み戻して計算すると聞いたことがあるのですが、自宅は高額なので、遺産に組み戻すとなると現預金が殆どもらえないことになってしまいます。」
こういったご相談があります。
このコラムでは、このような問題、すなわち、ご主人からの生前贈与(=特別受益)の遺産への持戻しを免除できるかどうかについて、ご説明します。
冒頭の相談内容に回答するためには、
「特別受益」
「特別受益の持戻し」
「特別受益の持戻し免除」
という各概念を説明する必要がありますので、一つずつ説明をしていきます。
目次
1 特別受益とは
相続人の中で、被相続人から、遺言によって財産を譲り受けたり(遺贈)、被相続人が生きていた際に遺産の前渡しと考えられるような多額の金銭を受けた(贈与)といった場合、相続人間の公平を図る必要があります。
そのため、遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与の額を相続財産に加算して、遺産の分割をすることになります(民法903条1項)。
このような財産を譲り受けることを「特別受益」といいます。
2 特別受益の持戻しとは
前記1でご説明した「遺産の分割の際に遺贈又は贈与の額を相続財産に加算すること」(遺産の前渡し分を計算上、遺産に戻すこと)を「特別受益の持戻し」といいます。
3 特別受益の持戻し免除とは(黙示的に認められる場合があるか)
特別受益は、遺産分割の際に持ち戻すことが原則です。
もっとも、生前、お亡くなりになった方が「持戻しの免除」をすること(=特別受益を遺産に戻さなくてよい、と表明すること)を意思表示している場合は、持戻しをしなくて良いとされています(民法903条3項)。
「持戻し免除の意思表示」は、遺言書などで明確に書かれている必要はなく、黙示的(暗黙のうち)でもよいとされています。
具体例としては、高齢の妻に生活費として現金を贈与した場合など、贈与した財産を遺産に戻すことを被相続人が希望しないだろうと推測できるケースで認められた例があります。
4 【改正民法】特別受益の持戻し免除の意思表示の推定
黙示的な持戻し免除が認められるかどうかは、個別の事案ごとの判断となり、裁判所の判断が分かれる可能性もありました。
そこで、明らかに贈与者は遺産に持ち戻すことを想定していないだろうと推測できる類型のうち、20年以上連れ添った夫婦間での住居の贈与について、民法に特に「推定規定」が制定されました。
これが令和2年4月1日に施行された相続法改正のポイントの一つです。
具体的には、次の条文が追加されました。
(民法903条第4項)
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
これにより、以下でご説明する要件①②をみたした場合は,遺言書などで明確に「持ち戻しを免除する」と書かれていなくても,「持戻し免除の意思があった」ものとして扱われることになりました。
5 要件①:婚姻期間が二十年以上の夫婦であること
このような贈与は,配偶者の長年にわたる貢献に報いるとともに,老後の生活保障の趣旨で行われる場合が多いです。
そのため、法律婚の尊重、高齢の配偶者の生活保障を図る目的で、この要件が定められました。
なお,二十年は通算であれば良いと考えられていますが,事実婚は期間に含めることができないとされています。
また、婚姻届を出してから二十年経過後の贈与である必要がある点にも注意が必要です。
(例えば、婚姻期間20年未満で行った贈与は、残念ながら本規定の対象外となります。本規定を用いらずに持戻し免除の意思表示が推定されることを主張立証していく必要がございます。)
6 要件②:居住の用に供する建物又はその敷地の遺贈又は贈与であること
条文の趣旨が配偶者の生活保障にあるため,生活の本拠である居住用の不動産が対象となります。
投資用マンションや別荘などは対象となりません。
また、生前贈与に限らず、遺言書で遺贈した場合も適用できます。
(専門的な補足)
実務上、遺言書では「遺贈する」ではなく「相続させる」と記載することが多いです。
民法903条4項の条文は「遺贈」を対象としていますが 、この「相続させる」旨の遺言であっても、多くの場合、被相続人は配偶者の取り分を減らす意図はないと考えられるため、遺贈の場合と同様に持戻し免除の趣旨が含まれているものとして扱われる(=同様の結果になる)ことが多いと説明されています。
7 実務上の対応と注意点
既に生前贈与や遺言によって配偶者が居住用不動産を取得している場合で、それ以外の遺産(預貯金など)の分割協議を行う際は、この持戻し免除(民法903条4項)を適用できないか検討すべきです。
しかし、実務上は以下のような注意点があり、トラブルになるケースも少なくありません。
- 【注意点1】他の相続人への説明
この推定規定は、法改正によって新設された比較的新しいルールです。
他の相続人がこの規定を知らず、「生前贈与された自宅も遺産に戻して公平に分けるべきだ」と主張し、交渉が難航するケースがよくあります。 - 【注意点2】遺留分との関係
この規定は、あくまで「遺産分割(特別受益の持戻し)」の計算ルールです。
他の相続人の遺留分(法律で保障された最低限の取り分)を侵害している場合、遺留分侵害額請求(金銭の支払いを求める請求)を受ける可能性は別途残ります。- 【注意点3】生前対策の重要性
これから配偶者に自宅を残したいと考えている場合は、この推定規定に頼るのではなく、「持戻しを免除する」旨を明確に記載した遺言書を作成しておくことが、将来のトラブルを避けるために最も確実な生前対策となります。
- 【注意点3】生前対策の重要性
このように、特別受益の持戻し免除は非常に複雑な概念を含みます。
ご自身での判断が難しい場合や、他の相続人との交渉が必要になった場合は、お早めに弁護士にご相談ください。
8 おわりに(弁護士へのご相談)
特別受益の持戻し免除の意思表示の推定について規定した改正民法について解説しました。
非常に難しい概念ですが、まずはご自身に関係しそうだと感じた場合は、自己判断せず、一度弁護士に相談してみることが大切です。
特に持戻しが問題となる場合、他の相続人との間で紛争化する可能性が高い分野です。
弁護士にご依頼いただくことで、法的に正確な知識に基づき、迅速・確実に手続を進めることができます。
また、交渉の窓口を弁護士に一本化することで、精神的なご負担も大幅に軽減できます。
当事務所では、持戻しが絡む遺産相続問題や遺言書作成のご相談を承っております。
遺言書作成は、原則として公証役場と連携し、最も確実な「公正証書遺言」での作成をサポートしております。
遺産分割交渉・調停の弁護士費用については、ご依頼いただきやすい費用形態を採用しております。
詳しくは当事務所の「弁護士費用」ページをご覧ください。
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弁護士費用は、各事務所が自由に決定することができます。そのため、画一的な価格は存在しません。
何か少しでもお悩みの際は、当事務所でお力になれる可能性がありますので、まずはお気軽に弁護士までご連絡いただければと思います。
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